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東京高等裁判所 平成5年(行コ)124号 判決

控訴人 横浜南労働基準監督署長

代理人 野崎守 柳本俊三 ほか三名

被控訴人 鈴鹿雪人

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  控訴の趣旨

主文同旨

二  控訴の趣旨に対する答弁

控訴棄却

第三当事者の主張及び証拠関係

次のように付加、訂正するほかは、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決八枚目裏四行目の「八台」を「九台」に改め、同九枚目表一行目の次に改行して次のように加える。

「6 なお、控訴人は、車持ち込み運転手が自ら独立の事業者であると認識していたというが、右認識は事実に反するばかりでなく(被控訴人ら車持ち込み運転手は本件事故前から、旭紙業に使用される労働者であると考えていた。)、右認識によって、労働者性があるとの判断が左右されるものではない。」

二  同一五枚目裏一〇行目の次に改行して次のように加える。

「10 被控訴人らの認識

旭紙業は、平成三年二月、運送等を目的とする有限会社エー・ティー・エスを設立し、車持ち込み運転手に対し従業員として同社に入社するように勧誘したが、これに応じたのは一名だけであった。

車持ち込み運転手は、旭紙業との間で運送契約を締結して運送業務に従事し、報酬については事業所得として確定申告をしており、労災保険、雇用保険、健康保険及び厚生年金保険については被保険者とはされていないことを知っており、自らを独立の事業者であると認識していたものである。

被控訴人も、自らを独立の事業者と認識し、行動していたのであるから、本件事故後、労働者であると主張して労災保険法上の給付を請求することは、公正性の観点に照し許されない。」

三  同一六枚目表一行目の「書証目録」の次に「(当審分を含む。)」を加える。

理由

一  請求原因一、二記載の事実は当事者間に争いがない。

二  労災保険法の適用を受ける労働者について、同法は定義規定を置いていないが、同法一二条の八第二項が労働者に対する保険給付は労基法に規定する災害補償の事由が発生した場合にこれを行う旨定め、労基法八四条一項が同法の規定する災害補償につき、労災保険法に基づいて給付が行われるときは、使用者は補償の責めを免れると規定しているところからすると、労災保険法は、労基法第八章「災害補償」に定める使用者の労働者に対する災害補償責任を填補する責任保険((保険料は使用者が全額負担)に関する法律として制定されているものであって、労災保険法にいう労働者は、労基法にいう労働者と同一であると解するのが相当である。被控訴人は、労災保険法が特別加入制度等により保護対象を拡大しており、労災保険法上の労働者の概念は、労基法上の労働者と切断されてきている、と主張するが、右の特別加入制度等は、労働者でないものにつき任意的な加入を認める等のものであって、労災保険法が当然に適用となる労働者の概念を変えて、適用対象の範囲を広げたものではないと解されるから、右主張は当を得ない。

ところで、労基法九条は、同法における労働者とは、職業の種類を問わず、同法八条の事業又は事業所に使用される者で、賃金を支払われる者をいう、と定めており、この規定と同法一一条の賃金及び同法一〇条の使用者の定義規定とを合せ考えると、同法上の労働者とは、要するに、使用者の指揮監督の下に労務を提供し、使用者から労務に対する対償としての報酬が支払われる者をいうのであって、一般に使用従属性を有する者あるいは使用従属関係にある者と呼称されている。

そして、この使用従属関係の存否は、業務従事の指示等に対する諾否の自由が無いかどうか、業務の内容及び遂行方法につき具体的指示を受けているか否か、勤務場所及び勤務時間が指定され管理されているか否か、労務提供につき代替性が無いかどうか、報酬が一定時間労務を提供したことに対する対価とみられるかどうか、更には、高価な業務用器材を所有しそれにつき危険を負担しているといった事情が無いかどうか、専属性が強く当該企業に従属しているといえるか否か、報酬につき給与所得として源泉徴収がされているか否か、労働保険、厚生年金保険、健康保険の適用対象となっているか否か、など諸般の事情を総合考慮して判断されなくてはならない。

三  原判決の理由の三記載の事実認定は、次のように付加、訂正するほかは、当裁判所の事実認定と同一であるからこれを引用する。

1  原判決一七枚目表一行目の「成立に争いのない」の次に「甲第一号証、」を、同四行目の「第二四」の次に「、第二五」を、同五行目の「四、」の次に「第三二号証の一、二、第三三ないし第四二号証、被控訴人本人尋問の結果により原本の存在及び成立が認められる甲第九号証の一ないし一九、第一五号証、」を加える。

2  同一八枚目表一行目の「白ナンバートラックの所有者」の次に「(九名が二トン車、三名が二トンロング車、一名が八トン車を所有)」を加え、同二行目の「八名」を「九名」に改め、同裏一〇行目の「一割」の次に「(ごく稀に五分のこともあった。)」を加える。

3  同一九枚目裏八行目の「受けないものとされていたが」を「受けないものとされ、建前としては自己都合で休むことはできたのであるが」に改め、同二〇枚目表七行目の「駐車場」の前に「自己の責任で用立てた」を、同裏三行目の「利用して、」の次に「時により、自主的に、」を加え、同一一行目の「することはできなかった」を「することは難しく、また、そのようなことはなかった」に改め、同二一枚目表一一行目の「二回の日が一二日」の次に「、三回の日が四日で」を加え、同二二枚目表三行目の「事実上不可能であった」を「難しかったが、かなり長期間変更がなかったときに、車持ち込み運転手の側から諸経費の高騰等を理由に増額改定を申し入れたことがあり、これに対し旭紙業が応じたこともあった」に改める。

4  同二二枚目裏一一行目の「神奈川ダンボール」の次に「(昭和六〇年九月二一日支払の同年八月分まで)」を、同二三枚目表一行目の「原告」の次に「(同年九月分以降)」を、同二行目の「であった」の次に「(ただし、神奈川ダンボールを介して受け取っていた時期は手数料を控除されたので、被控訴人の受領額の平均は五六万円余であった。)」を加える。

5  同一〇行目の次に「ちなみに、被控訴人(昭和二三年九月九日生)とほぼ同年齢の旭紙業の従業員の報酬をみると、昭和二三年五月生で昭和五七年六月入社の浜野正司の昭和六〇年三月分と八月分の給与月額(時間外手当を含む。)は一八万八五〇〇円(ここから、更に、社会保険、労働保険の保険料二万二〇〇〇円、給与所得の源泉徴収所得税一万四〇〇〇円が控除される。)と二一万二〇〇〇円(更に控除される社会保険等の保険料二万二〇〇〇円、源泉徴収所得税一万六八〇〇円)であり、同年の賞与合計額は七一万六〇〇〇円(更に控除される社会保険等の保険料六〇〇〇円、源泉徴収所得税七万一〇〇〇円)であり、昭和二二年一月生で昭和三八年二月入社の伊藤正孝の昭和六〇年三月分と八月分の給与月額(時間外手当を含む。)は三一万六〇〇〇円(更に控除される社会保険等の保険料三万四〇〇〇円、源泉徴収所得税一万六五〇〇円)と三四万円(更に控除される社会保険等の保険料三万四〇〇〇円、源泉徴収所得税二万〇三〇〇円)であり、同年の賞与合計額は一一八万七〇〇〇円(更に控除される社会保険等の保険料一万〇一〇〇円、源泉徴収所得税一〇万七〇〇〇円)であった。」を加える。

6  同二四枚目表八行目の「労災保険、」の次に「雇用保険、健康保険、」を、同一〇行目の「加入するなどし」の次に「、所得の確定申告をする場合は報酬を事業所得とし」を加え、同裏一行目の「事業者」から同二行目までを「旭紙業からの報酬を事業所得として確定申告をしてもらった。」に改める。

7  同裏六行目の次に改行して次のように加える。

「11 旭紙業は、平成三年二月、運送等を目的とする有限会社エー・ティー・エスを旭紙業横浜工場を本店所在地として設立し、車持ち込み運転手に対し従業員として入社するように勧誘したが、一〇名のうち、明確にこれに応じたのは一名(杉浦勝栄)だけであった。その者も偶々所有車両が廃車となり、新しい車を買ったり自分で納税の確定申告をするのも面倒になって右会社に入社したのであったが、収入はかなり減りあまりメリットはなかったと述懐している。他の九名は、収入が減り、あるいは、各種保険の保険料支払や所得税の源泉徴収を嫌って、従前どおり車持ち込み運転手として働くことを希望し、現にそのまま働いている。」

四  右三認定の事実を前提に、前記二で述べたところに従って、被控訴人が労基法上の労働者といえるかを検討する。

1  被控訴人を含む旭紙業の車持ち込み運転手の運送業務は、すべて旭紙業の運送計画に組み込まれており、旭紙業の運送係から右計画に基づき、運送物品、運送先及び納入時刻につき指示を受けるのであるが、車持ち込み運転手に対して実際上旭紙業以外からの仕事の依頼は考えられず、また、旭紙業からの指示による運送業務を断わればその分の報酬が得られない関係にあるので、建前はともかく、事実上、車持ち込み運転者には右指示を拒否する自由はない。しかし、これは車持ち込み運転手がいわば専属的な下請業者と同様の地位にあることによるものであるといい得ないわけではない。

2  業務についての指示は、原則として、運送物品、運送先及び納入時刻に限られ、運転経路、出発時刻、運転方法等には及ばず、運送業務を終え、次の運送業務の指示があるまでの待機時間は、時により、自発的に、フォークリフトの整備点検や工場等の清掃を行う程度である。これは、運送業務のみを請負によって行っているとみられる面ではあるが、他面、運転手をいわば専門的な職種として取り扱い他の仕事を割り当てず、待機時間はいわば次の運送業務のための疲労を回復するための時間とされているとみられないではない。なお、車持ち込み運転手は自己のトラックに運送品を積み込むことを行っており、運転日報を作成していた。

3  業務は専ら旭紙業横浜工場に関するものであり、同工場において運送係から運送についての指示を受け、運送を終えると同工場に戻ることとされていた。毎日の始業と終業の時刻は、旭紙業の運送係から指示される運送先に納入すべき時刻、運送先までの距離、翌日の運送の指示が行われる時刻、その後の荷積みに要する時間等によって決まり、自己都合で休む場合は事前に届け出るよう指示されていたから、実際上、時間的拘束を受けていた。もっとも、一般の従業員のように何時から何時までが勤務時間であるといった厳格な拘束はなかった。

4  運送業務を行うについて、第三者に代替させることも、また、助手等を使うことも、明示的には禁止されていなかったが、車持ち込み運転手はトラック一台のみを所有し、事務所もなければ、業務につき補助者を使用しているわけでもないので、現実には、一人で運送業務を行わざるを得ず、また、実際一人で行って格別に支障はなかった。

5  報酬は、トラックの積載可能量と運送距離によって定まる運賃表により支払われていた。この運賃表は、トラック協会の定める運賃表による運送料よりも一割五分低い額とされており、その定め方自体は一般のトラック借り上げの場合の運送料の定め方と全く同じであり、生活給的な面や時間給的な面はなかった。休んだ場合には全く保障はなく、通常の場合より相当長時間遅くまで働くことになっても、それに対し割増金等が払われるということはなかった。もっとも、旭紙業としては、車持ち込み運転手に継続して自己の運送業務をさせるため、円滑に働かせる必要があることからとも考えられるが、できるだけ平均的に運送業務の配分をし、報酬額も、毎月それほど大きな差異はなく、被控訴人に対する旭紙業からの報酬は、月五〇万円余から七〇万円余であり、平均は六二万円余(神奈川ダンボールを介して受け取っていた昭和六〇年八月分までの平均は五六万円余である。なお、事故は同年一二月に起きているから、殆どが右の時期にかかっている。)であった。ここから、トラックのローン、ガソリン代、高速道路料金、修理代、自動車保険の保険料を控除すると、月平均三五万円余(神奈川ダンボールを介して受け取っていた時期は三〇万円程度)であり、この報酬は、一般の自家用貨物自動車の運転手や営業用小型・普通貨物自動車を運転する労働者の平均賃金よりはやや高額であるという程度であった。なお、旭紙業の一般従業員との比較は、職種が違うので、あまり意味があるとはいえないが、車持ち込み運転手の右報酬は、ほぼ同年令の旭紙業の一般従業員の社会保険、労働保険の保険料や源泉徴収所得税を控除前の給与額と較べて必ずしも高いとはいえなかった。

6  車持ち込み運転手は、運転業務の主要な器材であるトラックを自ら所有し、その購入代金はもとより、ガソリン代、修理代、運送の際の高速道路料金を負担し、また、自ら自動車保険に加入しその保険料を支払っていた。被控訴人所有の二トンロング車の購入代金は約二三〇万円(なお、他に無線機代六〇万円がかかっているが、無線機が運送業務に必要であることを認めるに足る証拠はない。)で、収入額に比し高額であり、事故の場合の責任も旭紙業から自分で負うようにいわれていた。そして、その報酬は、一応トラックを所有するに足りるものであるといえるから、不十分ながら、自らの計算と危険負担に基づいて事業を行っているという面がないとはいえなかった。

7  車持ち込み運転手は、旭紙業の企業組織に組み込まれているという面はこれを否定できないが、旭紙業との契約関係が雇用契約ではなく、運送請負契約であるために、旭紙業の従業員とはされておらず、その就業規則の適用もない。旭紙業が運送部門を設けないこと、トラックを購入せず、従業員としての運転手を採用しないこと、及び、運送需要を恒常的に確保するため専属の車持ち込み運転手を置くこととしたことは、いずれも旭紙業の経営政策上の理由によるものであり、車持ち込み運転手としては、運送請負契約を結んで働く以外に選択の余地がなかったともいえるが、他面、本件事故後の旭紙業が行った有限会社エー・ティー・エスへの入社勧誘に対する車持ち込み運転手の対応等から考えると、車持ち込み運転手の側でも、将来の退職金が無く、現在の福利厚生に欠けることがあっても、少しでも多額の報酬を得ようとして敢えて従業員でない地位にあることを望み、旭紙業と運送請負契約を結んだという面があることも否定できず、このような形で働いて、社会保険(健康保険、厚生年金保険)、労働保険(雇用保険)の保険料を負担せず(国民健康保険の保険料、国民年金の掛金を負担し、場合によっては一般の生命保険に加入した。)、また、報酬からこれを給与所得として源泉徴収所得税を控除されることを避けることにも利益を求めていたものといえる。

8  以上を総合して考えると、車持ち込み運転手は、旭紙業の企業組織に組み込まれ、旭紙業から一定の指示を受け、場所的時間的にもある程度拘束があり、報酬も、業務の履行に対し払われ、毎月さほど大きな差のない額が支払われていたことなどから、労働者としての側面を有するといえるが、他面、車持ち込み運転手に対する旭紙業の指示等は一般の従業員に対する指揮監督に較べて範囲は狭く、内容的にも弱いものとみられるし、場所的時間的拘束も一般の従業員よりは弱く、また報酬も出来高払いであって、これに、業務用器材を所有して業務の遂行につき危険を負担し、自らも、従業員ではないとの認識をするなどといった、いわゆる専属的下請業者に近いとみられる側面があることも否定できないのであって、労基法上の典型的な労働者と異なることは明らかである。要するに、車持ち込み運転手は、これを率直にみる限り、労働者と事業主との中間形態にあると認めざるを得ないのである。

思うに、産業構造、就業構造の変化等に伴い、就業形態、雇用形態が複雑多様化しており、業務に就いて働いている者を、労基法上の労働者であるか、そうでないかという区分をすることが相当に困難な事例が増加していると考えられるのであるが、裁判所としては、このような事態を取り敢えずは正視し、右のような事例に対して、それが法令に違反していたり、一方ないしは双方の当事者(殊に、働く側の者)の真意に沿うと認められない事情がある場合は格別、そうでない限り、これを無理に単純化することなく、できるだけ当事者の意図を尊重する方向で判断するのが相当であるというべきである。

そこで、本件につき考えるに、旭紙業の車持ち込み運転手は、運送の主要器材であるトラックを所有し、運送請負契約のもとに、実態上は、専属的な下請業者として運送業務を行い、運送に必要な経費(ガソリン代、車両修理代、高速道路料金等)及び事故の場合の損害賠償責任を負担するものとし、旭紙業の従業員とされていないために、その就業規則は適用されないし、福利厚生の措置も取られず、通常の労働者であれば被保険者とされる、労災保険、雇用保険といった労働保険、健康保険、厚生年金保険といった社会保険の被保険者とされず(国民健康保険、国民年金の被保険者とされる。)、労働者であればその賃金から源泉徴収される、源泉徴収所得税を控除されないのであるが(報酬については、事業所得として確定申告をして納税する。)、旭紙業の側でも、報酬以外の労働費用やトラックを所有したときの経費等が節約されるといったことから、報酬も従業員としての運転手を雇用した場合の給与よりは多額を支払うことができる事情にあったのである。このような就労形態は、これをそのまま認めることについては議論の余地がないではないが、法令に反するものでも、脱法的なものでもなく、巨視的にはともかくその時点では少なくとも双方に利益があると考えられており、旭紙業の側のみに利益があるとはいえないし、当事者双方の真意、殊に車持ち込み運転手の側の真意にそうものであるから、これを裁判所としては、そのまま一つの就労形態として認めることとするのが相当といわなくてはならない。

そして、この就労形態は、労基法上の労働者のそれとみることは困難であるから、旭紙業の車持ち込み運転手である被控訴人は、労基法上の労働者とはいえず、したがって、労災保険法上の労働者とはいえないこととなる。

本件のような災害について、それを救済する必要があることを否定するものではないが、それを労災保険法によりこれを求めることは、解釈論としては無理であるとせざるを得ないのである。

五  そうすると、被控訴人が労災保険法上の労働者に当たらないことを理由に同法による療養補償給付及び休業補償給付を支給しないとした本件処分は、適法なものというべきである。

よって、本件処分の取消を求める本訴請求を認容した原判決は失当であるからこれを取り消し、右請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木康之 大前和俊 伊藤茂夫)

【参考】第一審(横浜地裁 平成二年(行ウ)第一四号 平成五年六月一七日判決)

主文

一 被告が昭和六一年一〇月一七日付けで原告に対してした労働者災害補償保険法による療養補償給付及び休業補償給付を支給しない旨の処分を取り消す。

二 訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

主文同旨の判決を求める。

第二請求の趣旨に対する答弁

一 原告の請求を棄却する。

二 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第三請求原因

一 本件事故

原告は、昭和五八年二月ころから、旭紙業株式会社(以下「旭紙業」という。)横浜工場において、自らの持ち込んだトラックを運転する形態の運転手(以下「車持ち込み運転手」という。)として運送業務に従事してきたところ、昭和六〇年一二月九日、同工場の倉庫内で、運送品をトラックに積み込む作業をしていた際、足を滑らせて転倒し、第五頸椎脱臼骨折、右気胸、頭部外傷等の傷害を負った。

二 本件処分

原告は、昭和六一年五月三一日、被告に対して、本件事故による療養と休業につき、労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)所定の療養補償給付及び休業補償給付の請求をしたところ、被告は、同年一〇月一七日、原告に対し、原告が右各給付の対象となる労働者には当たらないことを理由に右各給付を支給しない旨の処分(以下「本件処分」という。)をした。

三 原告の労働者性

しかしながら、原告は、運送請負という形式で業務に従事していたため、他の従業員とは別に取り扱われていたが、実質的には、旭紙業の営業組織の中に取り込まれ、旭紙業の指揮監督下に時間的にも場所的にも拘束されていたものであり、受ける報酬も、労務提供の対価としての要素の強いものであるから、これを全体的にみれば、旭紙業との使用従属関係の下にあって労務を提供し、その対価を得ていたものというべきであり、したがって、原告については労災保険法上の労働者と認められるべきである。これを詳述すれば、次のとおりである。

1 労働者性の判断基準

労災保険法は、労働者が、業務上負傷し、疾病にかかり、あるいは死亡したときに、その労働者又は遺族を保護することを目的としている。沿革的には、労働基準法(以下「労基法」という。)第八章「災害補償」に定める使用者の労災補償義務にかかわる使用者全額負担の責任保険として制定されたものであることから、この点をことさら強調して、労災保険法一条の「労働者」を労基法九条の「労働者」と同一に解する考え方もある。しかし、産業社会の複雑化と多元化の現状を背景に労働形態、業務形態も複雑かつ多様化し、他人労働の利用関係もさまざまな形態のものが現れている今日、労災保険は、労基法上の法定補償の責任保険にとどまることなく、その拡大・徹底が図られるべきである。

現に労災保険法は、昭和四〇年の改正によって、労基法上の「労働者」に該当しないとされているいわゆる一人親方の特別加入制度を新説し、「同居の親族のみを使用する事業」については労災保険法を適用しない旨の規定(旧法三条三項)を削除するなどして、保護の範囲を拡大している。このことは、労基法上の労働者概念のみを基準として労災保険による保護を図ることが不合理となり、労基法上の「労働者」と労災保険法上の「労働者」の概念が切断されてきていることを示すものである。したがって、労災保険法上の労働者性を判断するに当たっての使用従属関係は、必ずしも労基法上の労働者性を判断する場合の使用従属関係と同一である必要はないし、雇用、請負といった当該契約の形式にとらわれることもない。実質的にその存否を判断すべきものである。

2 旭紙業にとっての車持ち込み運転手

(一) 旭紙業は、昭和一六年五月二日に設立された株式会社で、段ボール及び紙器の製造販売を業とし、横浜工場のほか、静岡県藤枝市に藤枝工場を有している。その営業には製品を各発注先に運送する業務が不可欠であるが、横浜工場には、その業務を担当する運送部門はない。当初は、法人の運送業者に運送業務を委託していたが、独立した事業主体である法人の運送業者にだけ頼っていたのでは、その法人の都合に左右され、時宜に適した運送計画が立てられないことから、個人の車持ち込み運転手に専属的に運送業務を行わせるようになった。そして、本件事故当時においては、運送業務は、主として原告を含めた一三名の車持ち込み運転手に行わせ、運送業務が集中し車持ち込み運転手では賄いきれないものや遠距離等の特殊なものを運送業者の上組運輸株式会社に請け負わせていた(そのほか、株式会社フクダが旭紙業の製造部門の下請けの一環として運送業務も行っていた。)。この意味で、原告を含めた一三名の車持ち込み運転手は旭紙業の営業のために不可欠の存在であった。

(二) 旭紙業にとって、車持ち込み運転手は安心して自社の製品の運送を託せる者であることが必要であり、運転手であれば誰でも良いというものではない。実際にも、車持ち込み運転手は、一三名と数が一定し、かつ、本件事故当時において、長い者は二二年、平均で一一年余もの長期間にわたって継続して旭紙業の専属で運送業務に従事しており、それ以外の者が代わって運送業務に従事したことはなかった。

(三) こうしたことから、旭紙業は、車持ち込み運転手に対しては、仕事量をコンスタントに確保し、工場内の風呂場を利用させ、食堂内で休憩をさせ、ガソリン等を旭紙業の運転手として購入させてその請求書を旭紙業あてに提出させ、これを旭紙業の経理課員が取りまとめていた。また、車持ち込み運転手を旭紙業で行う新人社員歓迎会や納涼会に参加させ、電話や洗車場を使用させ、帰社が遅くなったときに旭紙業の事務所に合鍵を使って出入りしたり、私用の自動車を駐車場に駐車することを認めるなど、法人の運送業者の運転手に対しては与えてないところのさまざまな便宜を与えていた。

3 車持ち込み運転手の業務内容

(一) 車持ち込み運転手は、通常、午前六時ころ、前日中に荷積みをして自宅付近に駐車しておいたトラックを運転して運送先に向けて出発し、午前八時ころまでに運送先に納品して横浜工場に戻り、さらに同工場の運送係から指示を受けて数度の運送を行った後、午後四時すぎに、運送係から翌日の第一回目の運送先、運送品、運送時刻などの指示を受けて荷積みをし、荷積みをしたトラックを運転して自宅に帰っていた。したがって、午後四時前に運送が完了したとしても、毎日午後四時すぎに出される運送係の指示を横浜工場内で待ち、その上で荷積みをすることになるので、結局午後五時ころまでは時間的にも場所的にも旭紙業に拘束されていた。

(二) 車持ち込み運転手の就業日及び休日は、旭紙業の一般従業員と全く同じで、車持ち込み運転手が勝手に毎月の就業日や休日をきめることはできなかった。また、車持ち込み運転手が自己の都合で休むときは、事前に旭紙業に届け出なければならないものとされていた。

(三) 車持ち込み運転手は、旭紙業から、ヘルメットを含む帽子、作業服及び安全靴の着用を指導されていた。このうち、帽子は、旭紙業のマーク入りの帽子を着用しており、その購入費の半額を旭紙業が負担していた。

(四) 旭紙業では、製品の積込み用フォークリフト四台のうち二台を車持ち込み運転手に使わせるとともに、その整備点検もさせて整備点検表を作成させていた。また、指示待ちの時間内に横浜工場の清掃をさせ、年末には同工場の大掃除をさせ、あるいは旭紙業の上司の引越しを手伝わせるなど、本来の運送業務以外の業務もさせてきた。このようなことは、法人の運送業者の運転手には行わせないものであり、法人の運送業者に対しては製品の積込みも旭紙業の運送係が行っていた。

4 車持ち込み運転手の収入

(一) 車持ち込み運転手の報酬は、トラック協会の定める運賃表によらず、旭紙業が一方的に定めた運賃表(〈証拠略〉)により支払われており、この運賃表の作成には、車持ち込み運転手は全く関与することができなかった。

(二) 原告の昭和五九年三月から昭和六〇年九月までの収入は、月額五〇万円台から七〇万円台、平均約六二万五〇〇〇円で、毎月ほぼ平均化していた。

(三) 原告は、この収入の中から、毎月平均で、トラックのローン九万八〇〇〇円、ガソリン代約一〇万円、高速道路料金約三万円、修理代約二万円、自動車保険料約一万八〇〇〇円を支払っていたので、これを控除した残額が実収入であり、その額は、神奈川県内の自家用貨物自動車運転手の平均的な年収三四八万二二〇〇円や旭紙業の他の従業員の年収と比較しても特に高額なものではなかった。

(四) 報酬は、他の従業員の給料と同じく銀行振込みで支払われており、手形や小切手による支払はなかった。

5 車持ち込み運転手の事業者性

(一) 車持ち込み運転手は、いずれもトラック一台を所有しているだけで、事務所もなく、従業員もいない。そのトラックも、原告の所有するものは、二三〇万円程度のもので、一般のサラリーマンの所有する自家用乗用自動車と比較してもそれほど高額のものではない。

(二) 車持ち込み運転手は、原告を含め全員がいわゆる白ナンバートラックの所有車で、道路運送法上の運送事業者の免許はなく、法律上運送事業を経営することができないものである。昭和四七年か昭和四八年ころ、この点を陸運局から指摘され、旭紙業では、車持ち込み運転手の所有するトラックを旭紙業の所有名義にさせたことがあり、以後、一三台中八台を旭紙業の自家用トラックとして運行させていたが、実態は、車持ち込み運転手の所有名義のものと同じであった。

(三) 車持ち込み運転手にとって、旭紙業は、唯一の稼働先であり、旭紙業以外の仕事を探したり、旭紙業での仕事を多く得るための営業活動をしたりすることは全くなかった。

(四) 車持ち込み運転手が運送中に生じた運送品の損害を弁償したことはなく、旭紙業において保険料を負担して保険をかけていた。

四 よって、原告は、被告に対し、本件処分の取消しを求める。

第四請求原因に対する認否及び反論

一 請求原因一、二記載の事実は認める。

二 同三記載の主張は争う。

原告は、労働者として管理監督を受け、その見返りとして労働関連法規に基づく庇護の下に置かれることを望まず、通常の労働者より高収入を得られること等の理由から自らの意思で自営業者である車持ち込み運転手となったものというべきであるから、労災保険法上の労働者ということはできない。これを詳述すれば、次のとおりである。

1 労働者の意義及び判断基準

労災保険法は、労働者を使用する事業に適用されるところ(三条一項)、同法には保険給付の対象となる労働者の定義について明文の規定は存しない。しかしながら、同法一二条の八第二項は、労働者に対する保険給付は労基法に規定する災害補償の事由が生じた場合にこれを行う旨定めているのであるから、労災保険法にいう労働者とは労基法に規定する労働者と同一のものをいうものと解すべきである。

労基法九条は、同法の「労働者」とは「労働の種類を問わず、同法八条の事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者」をいうと定めており、これに同法一一条の賃金の定義規定をも併せ考えると、要するに、使用者との使用従属関係の下に労務を提供し、その対価として使用者から賃金を得る者を指すものというべきである。そして、この使用従属関係の存否は、使用者とされる者と労働者とされる者との間における業務遂行上の指揮監督の有無、作業諾否の自由の有無、時間的及び場所的拘束性の有無、労務提供の代替性の有無、作業用機材等の負担関係、報酬の性格、公租などの公的負担関係、専属性の程度、その他諸般の事情を総合的に考慮して判断すべきである。

2 業務遂行上の指揮監督の有無

原告は、二トンロングトラックを所有し、旭紙業で受注生産される段ボールシート、紙器等の製品を継続的かつ反復的に旭紙業の発注者に運送するいわゆる継続的運送契約をし、専属的に請け負い、稼働してきた。その業務形態等はおおむね車持ち込みで運送業務を請け負っている旭紙業の他の者のそれと異なるところがなかった。

原告の行っていた運送業務については、旭紙業の配車係から、運送にかかる製品の納入先、製品の種類及び数量、時には納入時刻等について指示されるが、それ以外に旭紙業からの具体的指示はない。また、旭紙業には、製品の積込み等を定めた運搬作業規定等もなく、積込み等の作業は、運送業務を請け負った運転手の裁量によって実施されていた。

加えて、旭紙業の受注が多い場合は、法人の運送業者にも運送業務を委託しており、その運送方法も、荷物の積込み方法に多少の相違があるほかは、大差はない。

このように、車持ち込み運転手に対する配車係の指示内容は、運送業務を請け負った運送業者に仕事を適正に完了させるための指示内容を超えず、運送契約を履行するに必要な発注者の指示にとどまるものであるから、これをもって使用者としての指揮監督があったものとはいえない。

さらに、旭紙業では、車持ち込み運転手に対し、運送業務以外の業務をさせるものではないから、運転手は、運送業務が早く終われば、無条件でそのまま帰宅することができることになっていた。通常の労働者であれば、所定の労働時間は拘束され、必要に応じて何らかの業務を命ぜられるところ、車持ち込み運転手については、そのような拘束はなく、本来の従業員とは明確に区別されていた。

原告の主張する帽子、安全靴等の着用の指示、フォークリフトの整備点検、工場内の清掃、上司の私用の手伝い、旭紙業の施設利用等の事実があったとしても、これらは、工場の一般的な安全の確保や車持ち込み運転手の運送業務の円滑な遂行を目的としたものであり、あるいは、円満な契約関係を続けるための相互の恩恵的行為にすぎないものであるから、これらの事実をもって車持ち込み運転手が旭紙業から業務遂行上の指揮監督を受けていたものということはできない。

3 作業諾否の自由の有無

車持ち込み運転手は、旭紙業の製品運送を行う構内下請人として、継続的な運送契約により運送業務を行っているもので、その発注は、配車係が製品の生産高、運送先、手配車両の台数・積載量・回送等を考慮して行うことになっている。しかし、車持ち込み運転手は、都合が悪ければ、事前の届け出により運送業務を行わないことは、自由である。

4 時間的、場所的な拘束性の有無

旭紙業では、従業員については、就業規則で勤務時間(始業時刻、終業時刻、休憩時間を含む。)、休日及びタイムカード又は出勤簿による記録等を定めているが、車持ち込み運転手については、就業規則は適用されず、契約上、始業時刻、終業時刻、休憩時間、休日等の定めはなく、タイムカード又は出勤簿による記録もない。その運送業務の実施状況は、運転日報、納品書、請求書等により把握するだけで、時間的管理は一切行われていない。

原告は、おおむね翌朝第一番目に運送する製品(納入時間の指定のあるもの)をトラックに積み込んで自宅付近の駐車場に持ち帰り、翌日は、その運送を済ませてから横浜工場に戻り、さらに、二回ないし三回程度の運送を行っていたもので、他の車持ち込み運転手も同様の態様で業務を行っていた。

5 労務提供の代替性の有無

旭紙業では、車持ち込み運転手自身の都合の悪いときに代替者が運送することを禁止しておらず、いわゆる労務提供における代替性が十分確保されていた。

6 業務用機械器具の負担関係

原告は、持ち込みのトラックを無線機代等を含め二九〇万円で自ら購入し、維持費、燃料費、税金、自動車保険の保険料、車検費用、整備代等の諸経費を負担し、トラックの運行や運送品の保管にかかわる損害賠償責任を負うものとされていた。

また、旭紙業では、従業員に対しては、会社名の入った帽子の着用を義務付けているが、車持ち込み運転手に対しては、これを強制することなく、希望する者に自己の費用で購入させていたにすぎない。

このように、運送業務に必要なトラック等の費用負担の点からみても、車持ち込み運転手の労働者性は認められず、かえって自営業者としての性格を有していることが明白である。

7 報酬の性格

車持ち込み運転手に支給される報酬は、旭紙業が定めた運賃表に基づき、トラックの積載可能量と運送距離により算定されていた。

その報酬以外に旭紙業から支給される報酬はなく、早出又は深夜の運送業務についても何も考慮がなされていなかった。また、年齢、業務従事年数による差もなく、有給休暇もなく、旭紙業の賃金や退職金に関する規定も適用されないものとされていた。

このように、車持ち込み運転手については、一般の労働者の賃金体系上に存在すべき労働の対価給付的な措置も生活保障給的な措置も講じられていなかった。

また、車持ち込み運転手に対する報酬は、車持ち込み運転手が作成した当月末締めの請求書に基づき、翌月二〇日に指定金融機関口座に振り込む方法で支払われており、一般の労働者の賃金の支払方法とは全く異なっていた。

原告は、原告の旭紙業からの収入は毎月ほぼ平均化されていたと主張するが、一か月約二〇万円もの差が生じていれば、ほぼ平均化されていたとはいえないし、一般の労働者の間ではこのような差は生じないのが通常である。

原告の平均月収約六二万五〇〇〇円からガソリン代約一〇万円、高速道路料金約三万円、修理代約二万円を控除した額四七万五〇〇〇円は、神奈川県内の営業用普通・小型貨物自動車運転労働者の平均賃金二九万九一七五円及び全国のトラック運輸事業の普通運転者年齢階級別賃金表の区域三五歳から三九歳の平均賃金二九万〇九〇〇円と比較して相当高額であるといえる。

このように、原告に支払われる報酬は、運送業務の完成高に応じたものであって、労務の対価として支払われたものでないことは明らかである。

8 事業者性

一般の労働者は生産手段として機械器具を有しないのが通例である。ところが、車持ち込み運転手は、運送事業を遂行するについて、高価なトラックを所有し、自らの計算と責任において事業経営を行っていたものである。

そもそも運送事業は、物的、人的な移動需要に対し、即時即応的におおむね戸口から戸口へ向けてこれを達成することを目的とするものである。したがって、本件のようにトラックと運転者を確保しさえすれば、誰でも、比較的容易に開業することができるのが特徴であり、このことからも、その事業規模は比較的零細なものが多く、しかも、企業規模の大小によるメリット、デメリットの少ないのが特徴である。

9 専属性

車持ち込み運転手は、契約上旭紙業の業務以外の業務への就業を禁止されておらず、他の業務を行いたいのであれば、休業する旨あらかじめ連絡すれば足り、実際に他の業務を行っている者もいた。

原告は、旭紙業にとって車持ち込み運転手が不可欠であったと主張するが、旭紙業として、配送部門が不可欠であるとはいえても、車持ち込み運転手が不可欠なわけではない。運送業務の発注先を個人の運送業者にするか、法人の運送業者にするかは、企業として生産量、運送コスト、その他経営効率的な要素を考慮した上での経営の手段、選択の問題である。

第五証拠関係〈略〉

理由

一 請求原因一、二記載の事実は、当事者間に争いがない。

二 労災保険法の適用を受ける労働者について、同法は定義規定を置いていないが、同法が労基法第八章「災害補償」に定める各規定の使用者の労災補償義務にかかわる使用者全額負担の責任保険として制定されたものであることにかんがみると、労災保険法上の「労働者」は労基法上の「労働者」と同一のものと解するのが相当である。そして、労基法九条は、同法上の「労働者」とは、職業の種類を問わず、同法八条所定の「事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者」をいうと規定しているが、これは要するに使用者との使用従属関係の下に労務を提供し、その対価として使用者から賃金の支払を受ける者をいうものであり、その使用従属関係の有無は、雇用、請負といった形式のいかにかかわらず、使用者とされる者と労働者とされる者との間における業務遂行上の指揮監督関係の存否・内容、時間的及び場所的拘束性の有無・程度、労務提供の代替性の有無、業務用機材の負担関係、使用者の服務規律の適用の有無、報酬の性格、公租などの公的負担関係、その他諸般の事情を総合的に考慮して、その実態が使用従属関係の下における労務の提供と評価するにふさわしいものであるか否かによって判断すべきものである。

三 そこで、まず、これらの事実関係の存否についてみると、〈証拠略〉によれば、次の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

1 旭紙業は、昭和一六年五月二日に設立された株式会社で、段ボール及び紙器の製造販売を業とし、本件事故当時、横浜工場のほか、静岡県藤枝市に藤枝工場を有していた。その営業は、主に顧客の注文に応じて段ボール及び紙器を製造し、これを顧客先等に納入するといった受注生産方式によるものであったので、製品を納入するための運送業務は必要不可欠であったが、経費の節減や交通事故による損害賠償責任の回避を図るため、運送部門を置かず、第三者に運送を委託してきた。

当初は、法人の運送業者をその対象としていたが、独立した事業主体である法人の運送業者にだけ頼っていたのでは、その業者の都合に左右されて、時季によって変動する需要に即応した運送計画を立てることが困難であった。そこで、運送業務を自らの完全な支配下に置くために、昭和三四、五年ころから、個人の車持ち込み運転手との間で専属的に契約してその運送業務を行わせるようになった。

2 本件事故当時、横浜工場には車持ち込み運転手が原告を含め一三名いたが、いずれもいわゆる白ナンバートラックの所有者で、道路運送法上の運送事業者の免許を有していなかった、このうち八名の運転手のトラックの所有名義は旭紙業となっていたが、これは、昭和四八年ころ、陸運局から、車持ち込み運転手が道路運送法で定める運送事業者の免許を受けないで運送業務を行っていた点を指摘されたことから、そのころ便宜的に旭紙業の所有名義に移したものと、その後、運転手が旭紙業の所有名義にすることを希望し、旭紙業がこれを認めてその所有名義にしたものである。これらについても、所有名義が異なるだけで、トラックの所有や運行に伴う経費等は、すべて運転手の負担とされていて、実態は運転手の所有名義のものと特に変わるところはなかった。

3 原告は、もとは調理師をしていたが、昭和五三年ころからトラックの運転手となり、数社の運送会社での勤務を経て、昭和五八年二月ころ、有限会社神奈川ダンボール(以下「神奈川ダンボール」という。)で働いていたところ、間もなく、神奈川ダンボールの従業員から、旭紙業でトラック持ち込みにより運送業務をすることを勧められ、そのころから、旭紙業において車持ち込み運転手として専属的に運送業務を行ってきた。もっとも、当初は、神奈川ダンボールから派遣された運転手として扱われていたので、その報酬は、神奈川ダンボールを介して受領しており、その際、神奈川ダンボールにより一割の手数料を控除されていたが、昭和六〇年九月ころからは、旭紙業と直接運送契約を締結して、直接報酬の支払を受けるようになった。

原告は、旭紙業で車持ち込み運転手を始めたころは、トラックを所有していなかったため、神奈川ダンボールのトラックを賃借していたが、昭和五八年三月、外装費及び無線機代六〇万円を含め二九〇万円で二トンロングトラックを購入し、以後これを自己の所有名義のまま使用していた。

4 原告と旭紙業との間の継続的な運送契約は、口頭で行われ、その際、原告は、旭紙業の担当者から、車持ち込み運転手は旭紙業の従業員ではないこと、運送途上で起きた交通事故については旭紙業は責任を負わないから自賠責保険のほか任意の自動車保険(保険金五〇〇〇万円以上)をかけておくこと、運送品を破損させた場合はその弁償をさせることなどを告げられ、これを了承したが、それ以上に、旭紙業との間で、契約期間、就業日、休業日、始業時刻、終業時刻、運送回数等についての具体的なとりきめはしなかった。また、報酬も旭紙業の運賃表によることを当然の前提としていた。

5 旭紙業において、車持ち込み運転手が実際に行っていた運送業務の内容は、次のとおりであった。

(一) 車持ち込み運転手は、旭紙業の就業規則で定める休日、勤務時間等の規定の適用を受けないものとされていたが、いずれも、旭紙業の営業日及び休業日(日曜、祝日、第一、第三土曜日)に合わせて就業し、あるいは休業していた。旭紙業も、車持ち込み運転手が同社の営業日に合わせて継続的に運送作業に従事するものとして運送計画を立てており、そのため、車持ち込み運転手に対し、営業日に休む場合には事前にその旨を届け出るよう指示していた。

(二) 車持ち込み運転手は、通常、第一回目の運送は午前八時ころに運送先に納品するよう指示されることが多かったが、その場合は、運送先までに要する運送時間を見込んで、午前六時ころ、前日に荷物を積載して自宅近くの駐車場に駐車しておいたトラックを運転して出発していた。そして、納品を済ませて横浜工場に戻り、運送係の指示を受けてさらに次の運送を行い、運送後は、運送先の受領印のある納品書を提出し、運転日報に運送先、運送品、数量、運送距離等を記入して提出していた。運送係の指示がないため運送業務に従事していない空き時間があるときも、指示があり次第直ちに運送業務に就けるよう横浜工場の敷地内で待機し、その待機の時間等を利用して、荷積みの際に使用する旭紙業所有のフォークリフトの整備点検や工場等の清掃を行い、午後四時すぎころ、運送係から翌日第一回目の運送について、運送品、運送先、運送時刻等の指示を受け、指示された運送品をトラックに積み込んで帰宅していた。

契約上は、必ず運送係の指示に従わなければならないものとはされていなかったが、車持ち込み運転手の毎日の業務はすべて旭紙業の運送計画に組み込まれているため、事実上、これを拒否したり、変更を申し出たりすることはできなかった。

なお、運送会社に運送を委託する場合には、車持ち込み運転手に運送させる場合と異なり、旭紙業の従業員が運送品をトラックに積み込んでいた。また、運送会社の運転手に運転日報を作成させることはなかった。

(三) 車持ち込み運転手の一日の運送回数と運送距離は日によって異なるものの、旭紙業では、各トラックの積載可能量や他の車持ち込み運転手との均衡等を考慮して、片道七〇キロメートル程度の運送を一往復、片道四〇キロメートル程度の運送を一又は二往復とするよう配慮していた。これを、原告の昭和六〇年一一月の作業実績でみると、就業日数は二三日で、一日平均の運送回数は一・八七回(一回の日が七日、二回の日が一二日あった。)、運送距離は、往復で二三二キロメートル余であった。

(四) 旭紙業では、車持ち込み運転手には、旭紙業の従業員について適用される賃金規定、退職金規定の適用はないものとされ、その報酬は、車持ち込み運転手が専属であるとの理由などからトラック協会で定めた運賃表よりも一割五分低く設定した旭紙業独自の運賃表により支払われていた。

この運賃表は、トラックの積載可能量と運送距離によって報酬を算定する仕組みのもので、例えば、原告の使用していた二トンロングトラックの場合、実際に積載された荷物の多少にかかわりなく、片道四〇キロメートルの場所へ一往復すれば一万〇二四〇円、片道七〇キロメートルの場所へ一往復すれば一万四三二〇円というように定められていた。これは、旭紙業が一方的に定めたものであり、車持ち込み運転手が旭紙業との交渉によりこれを改定することは、両者の力関係からして事実上不可能であった。

そして、旭紙業では、運転日報により、車持ち込み運転手の運送業務の実施状況や支払うべき報酬額を把握し、これを車持ち込み運転手で作成した一か月毎(月末締切り)の請求書に基づき、翌月二〇日ころに、車持ち込み運転手の指定する金融機関の口座に振り込む方法で支払っていた(神奈川ダンボールからの派遣運転手として扱っていた間の原告に対する報酬は、神奈川ダンボールの指定する金融機関の口座に振り込んでいた。)。

旭紙業が運送会社に委託する場合は、この運賃表によらず、両者の合意により運送単価を設定していた。

(五) 車持ち込み運転手は、作業時の服装は自由とされていたが、帽子、ヘルメット及び安全靴についてはその着用を指示され、その指示どおりに着用して作業を行っていた。もっとも、帽子については、一般の従業員は旭紙業のマーク入りのものの着用が義務付けられていたが、車持ち込み運転手は必ずしもこれによらなくてもよいとされ、ヘルメット及び安全靴については、規格品であればどのようなものでもよいとされていた。

また、車持ち込み運転手は、横浜工場の工場長から、運送先で旭紙業の名を汚すような行動をとらないよう指導されていた。

6 原告のした運送業務の報酬として旭紙業から神奈川ダンボール又は原告に支払われた額は、月額五〇万円台から七〇万円台で平均は六二万円余であった。

原告は、この報酬の中から、毎月、トラックのローン九万八〇〇〇円、ガソリン代約一〇万円、高速道路料金約三万円、修理代約二万円、自動車保険の保険料約一万八〇〇〇円を支払っていた。

7 横浜工場の従業員の昭和六〇年三月分と八月分の給与月額は、年齢、勤続年数、時間外手当等による差はあるものの、おおむね一〇万円台前半から三〇万円台前半の間であり、同年の賞与額は、一三〇万円を超える従業員もいたが、大半は一〇〇万円を超えない額であった。

神奈川県の営業用普通・小型貨物自動車運転労働者(男)の昭和六〇年六月当時の平均賃金(賞与を含む。)は月額二九万九一七五円であり、全国のトラック運送事業(区域事業)の普通車運転者の同年五月から七月の間の年齢階級別平均賃金(賞与を含む。)は、その当時の原告の属する三五歳以上三九歳以下の年齢階級において、月額二九万〇九〇〇円であり、原告が、以前に勤務していた各運送会社から受けていた賃金も月額二五万円から三〇万円程度であった。

8 車持ち込み運転手は、旭紙業から、運送品を破損させた場合はその弁償をさせる旨告げられていたが、実際に運送品を破損してその弁償をさせられたことはなかった。

また、旭紙業では、車持ち込み運転手が運送業務を他の者に補助又は代行させたり、旭紙業以外の事業者の運送業務を行ったりすることは禁止していなかったが、車持ち込み運転手は、実際には、いずれもトラック一台を所有しているだけで、事務所もなく、従業員もいないため、補助者や代替者を用いることも、旭紙業以外の事業所の運送業務を行うこともできないまま、旭紙業に専属的に長期間就業しており、本件事故当時において、就業期間二〇年以上の者が二名、一〇年以上二〇年未満の者が四名、五年以上一〇年未満の者が五名にも及んでいた。

9 旭紙業では、車持ち込み運転手は、厚生年金、労災保険、源泉課税の適用を受けないものとされていたので、各自で国民健康保険や生命保険に加入するなどしていた。なお、原告は、旭紙業で運送業務に従事していた際には、それによる所得の申告をしていなかったが、本件事故後、父親に頼んで、事業者としての所得申告をしてもらった。

10 車持ち込み運転手は、旭紙業の親睦会に加入することはなく、ロッカーや更衣室も供与されていなかった。もっとも、横浜工場の食堂、浴場、洗車設備の利用は許されており、旭紙業の新人歓迎会や納涼会等に誘われることはあった。

四 右認定の事実によれば、原告は、旭紙業との契約が、運送請負としてなされていた関係で、形式的には、旭紙業の従業員として扱われず、旭紙業の就業規則や賃金、退職に関する規定の適用もなく、報酬も出来高に応じた額で支払われるものとされており、本件事故以前においては、自らも旭紙業の従業員ではないと認識していたものと認められる。しかしながら、原告が実際に行っていた業務の実態を子細に検討すると、旭紙業は、原告を含む車持ち込み運転手を営業組織の中に組み入れ、これにより、事業の遂行上不可欠な運送力を確保しようとしていたことは明らかであり、契約上、休日、始業時刻、終業時刻等を明示に定めていないとはいえ、毎日の始業と終了の時刻は、旭紙業の運送係から指示される運送先に納品すべき時刻、運送先までの距離、翌日の運送の指示が行われる時刻、その後に行われる荷積みに要する時間等によって自ずから定まれ、そこに車持ち込み運転手の裁量の入る余地はほとんどなかったばかりか、自己の都合で休む場合には事前にその旨を届け出るよう指示されていたものであって、時間的な拘束の程度は、一般の従業員とさほど異ならないものであった。納品時刻のほか、運送先、運送品の数量、運送距離等の運送業務の内容も、運送係の指示によって一方的にきまり、車持ち込み運転手がこれを選択する余地はなかった。さらに、車持ち込み運転手は、旭紙業以外の事業所の運送業務をすることも、第三者に運送業務を代替させることも明示には禁止されていなかったとはいえ、いずれもトラック一台を所有しているだけで、それ以外に事務所を設けたり、従業員を雇ったりしているものではないから、現実には、一人で旭紙業の運送業務を専属的に行うほかなく、旭紙業以外の事業所と運送契約をしたり、第三者に運送業務を代替させることは不可能であった。報酬についてみても、旭紙業が一方的に設定した報酬基準である運賃表に拘束され、その運賃表の設定に車持ち込み運転手の意向を反映させることは事実上あり得ないことであった。その運賃表は、運送品の多少よりも、トラックの積載可能量を基準にし、運送距離に応じて報酬を定めるものであって、多分に運送に要する時間すなわち運転手の労働時間の要素を加味したものとみることができる。その運賃表により受ける毎月の報酬額は、一般の自家用貨物自動車の運転手の平均賃金と比較して高額のようにみえるが、トラック協会の定める運賃表によるよりも一割五分も低いものであること、従業員である一般の運転手については、退職金や福利厚生事業等による経済的利益もあるのに車持ち込み運転手にはそれがないこと、車持ち込み運転手の就労時間が比較的長時間であることなどを考慮すると、その報酬額が一般の運転手の賃金と比較して、労働者性を否定するほどに特に高額であるともいえない。

こうした旭紙業の原告との間における業務遂行上の指揮監督関係、時間的及び場所的拘束性の程度、労務提供の代替性や業務用機材の負担の実情、報酬の性格等を総合的に考慮すると、旭紙業の原告に対する業務遂行に関する指示や時間的場所的拘束は、請負契約に基づく発注者の請負人に対する指図やその契約の性質から生ずる拘束の範疇を超えるものであって、これらの事情の下で行われる原告の業務の実態は、旭紙業の使用従属関係の下における労務の提供と評価すべきものであり、その報酬は労務の対価の要素を多分に含むものであるから、労災保険法を適用するについては、原告を同法にいう労働者と認めるのが相当である。

五 よって、原告が労働者でないことを理由に各給付を支給しないとした本件処分は違法であり、その取消しを求める原告の請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小林亘 飯塚圭一 柳澤直人)

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